遺品整理 岐阜

遺品整理のやり方に困っていた私が見つけたお薦めな業者さん!

つい最近父が亡くなり、ずいぶん気が動転しました。無事就職先も見つかってこれでようやく父に恩返しができると思った矢先、父が倒れたという知らせが飛び込んで来たのです。無理が祟ったのだろうとお医者様は言っていました。

親切な親戚の方の好意で葬儀については問題なく済んだものの、私が放心状態なのは変わりません。高校卒業まで父と過ごした私の実家とも言えるアパートでぼんやりと過ごしていると、親戚の方から連絡をいただきました。

それは遺品整理についてのお話でした。父がいなくなった今このアパートの部屋には住むものがいなくなったことになります。私にとっては実家だが賃貸アパートでしかないこの部屋は、維持するのに家賃がかかります。それは就職したばかりの私が、自分が借りているアパートと合わせて維持できる額ではありません。

本当に残念だけど、父の形見といえそうなものだけ残し、あとは処分せざるをえませんでした。親戚の方にその意志を伝えると、本当に申し訳ないが日程的に遺品整理までは手伝えそうにないとおっしゃり、代わりに遺品整理というサービスのことを教えてくださいました。恐らく私一人では無理だろうからとそういうサービスを利用することを薦めてくださったんです。

そこでただちにネットで見つけた遺品整理業者さんに連絡してみました。こちらの状況を伝えるとお悔やみの言葉を頂いた上、本当に親身になって相談に乗っていただきました。実際、相談といってもほとんど業者さん側が整理の方法を提案してくれ、私はそれに乗っからせてもらっただけです。私が持っていくことのできない父の遺品も、すべてこの会社が引き取ってくれました。

おかげさまで、未熟な私でもなんとかこの出来事を乗り越えることができました。本当にこの不用品回収業者さんに助けられたとしか言いようがありません。同じような立場の方がいらっしゃれば、ぜひこの業者さんの利用を薦めますね。

美濃加茂市にも対応!迅速丁寧な遺品整理会社さんでした!

先だって、子供が事故で亡くなりました。私どもの年になると、親の最後を看取ることには気を付けても、まさかようやく一人立ちしたと思った子供を看取るなど想像もしていませんでした。その連絡が来たとき、何かの間違いじゃないかと何度も聞き返してしまったほどです。子供が親より先に旅立つことに勝る親不孝はないと心から痛感しました。一応現実を受け入れた私も妻もまったく言葉がありませんでした。

葬式はいつだって悲しみに包まれるものですが、子供の葬式に親が出るなんて、本当に悪い冗談でしかありません。皮肉なことに葬式のための身の回りの準備は整っていました。サイズが合わなくなった喪服を買い替えたのは、年老いた両親のことを受けての準備でした。

それがまさか両親の葬式の後で子供の葬式にまで着ることになろうとは、なんという皮肉だと思ったものです。しかも今回亡くなった私の子供は一人息子だったのです。現実感がないかと思えば急に悲しみが込み上げてきたりと、私どもも情緒不安定で、葬式をきちんと行えるか不安でした。いざ始まってみると何かと忙しく、アレコレと雑事に追われているうちに終わった印象でした。

葬式が終わり、肉体的な疲れや言いようのない虚しさでぼんやりと何日か過ごした後、妻がハタと気づいたことがありました。私の両親と違って息子は美濃加茂市で一人暮らしをしていたのです。もちろん持家ではなく賃貸のアパート部屋です。そのような部屋なら速やかに部屋を片付けて明け渡さないといけないことに気づいたのです。妻に言われるまで私もうっかりしていました。

そこで老体に鞭打ち、妻と二人で息子がお世話になったアパートに赴きました。アパートの息子の部屋は見慣れない物も多かったですが、実家から持っていった机などはたいへん見覚えがあるものでした。子供の勉強机にと私と妻と息子の三人で買いに行った机です。使い込まれたその机を前にして、この机を使うあの子は戻ってこないのだと思うと、そこでまた息子がいなくなったことを実感して涙ぐんでしまいました。

妻も同じだったようで二人で泣き崩れてしまいました。できればこの部屋はそのまま置いておきたいところでしたが、生憎ここは賃貸です。私どものわがままでご迷惑もかけるわけにもいかず、なるべく早く明け渡さなくてはなりません。そこで残しておきたい物だけを運びだし、後は遺品整理会社さんを利用することに決めていました。以前、両親が亡くなった時にも、最終的にはこの会社さんに遺品の整理を依頼したのです。そのときの対応がよく、大変効率的に片付きましたから、今回もできれば利用したいと思っていたのです。

息子のアパートは美濃加茂市でしたから、こちらでも利用できるか確認をとったところ、対応はしていただけるとのことでした。持っていけないとはいえ息子の遺品です。いい加減には扱ってほしくなかったので、一度利用したことのあるこの会社を利用できると知ってホッとしました。

妻と二人で息子の思い出の品を車に積み込んだ後、この会社に依頼をしました。以前利用した時と変わらず、今回も迅速丁寧な対応を取っていただきました。おかげで部屋も速やかに片付き、賃貸部屋を明け渡すことができました。精神的ショックから立ち直っていない状態で、これほど速やかに遺品整理を終わらせるにはこの会社さんの助力なしには考えられません。本当にありがたい会社さんです。

全部お任せ!廃棄物の多い遺品整理ならこの業者さんが強かったです!

先日、思いもかけない経験をいたしました。長い間、音信不通になっていた甥っ子の遺品整理をすることになったのです。甥っ子は私の兄夫婦の子供なのですが、たしか将来の進路を巡って父親である私の兄と対立し、ほとんど家出同然で上京した後、それっきりだったのです。

兄は「あんなのは勘当だ!」と言いつつも、生涯この甥っ子のことを気にかけていたような節があります。兄夫婦ですが、一昨年に義姉さんが亡くなり、兄も去年亡くなったところだったのです。弟として兄夫婦を見送った後、私も定年退職をする歳となりました。私と妻の間には子供がないので代わりに犬や猫を飼っています。

一抹の寂しさはありますが、残された時間を暖かい家庭で過ごそうと第二の人生をスタートした、そんな矢先の出来事だったのです。遠い親戚から久しぶりの連絡があり、お互いに近況報告を済ませた後に聞かされたのが甥っ子の訃報だったのです。それはもう驚きました。

私のところに連絡が来たのは、私が彼の叔父という比較的近い血縁にあったこともあるようですが、実はこの甥っ子が住んでいたというのが、なんと私の住んでいる土地の近くだったのです。私の兄の家、つまり甥っ子の実家も私の家からはそれほど離れていません。

つまり、長年行方不明だと思われていた甥っ子は意外と近くにいたということです。灯台下暗しということでしょうか。それとも、甥っ子も実は両親である兄夫婦との仲直りの機会をうかがって戻ってきていたのかもしれません。どちらにせよ兄も義姉も甥っ子もみんな亡くなってしまった以上、もう真相はわかりません。仲直りすることなく、みんな逝ってしまったということです。

親になったことのない私から見ても、甥っ子の親不孝には眉をひそめざるを得ません。しかも聞くところによると甥っ子が住んでいたのは賃貸アパートらしく、貸主の方が困っているとのこと。最後まで他人様に迷惑をかけている甥っ子には困ったものだと思いました。しかし、もう仏様になった相手の落ち度を責めても仕方のないことです。

こうして私という叔父が近くにおり、その私は定年退職した身分。もう時間には融通が利く立場です。それに加えて、私だって幼い頃の甥っ子には何度も会っているわけです。甥っ子の行儀の悪さに、私も責任を感じないでもありませんでした。そこで甥っ子が残した遺品の、最後の後始末に出向くことにしたのです。

そのような考えで彼のアパートに出向いたにも関わらず、結局眉をひそめてしまいました。部屋の中はもう半分ゴミ屋敷のような有様でした。いったい甥っ子がどういう人生を歩み、どういう人間になったのか知る由もありませんが、この部屋を見ればある程度察せられようというものです。

仏様になった人を悪く言いたくないと思いつつも、数十年ぶりに触れた甥っ子の面影には呆れるばかりでした。そしてそれ以上に、この部屋をどうやって片付けたものかと頭を抱えてしまいました。どう考えても私一人の手に余る状態です。そこで妻に連絡し、以前も兄夫婦の遺品整理で利用したことのある遺品整理業者さんに依頼することにしました。

もちろんゴミばかりでなく、甥っ子の大事な形見も中にはあるかもしれませんが、それを欲しがるであろう兄夫婦もすでにこの世にいません。それで申し訳ないが、一緒にすべて廃棄物とさせてもらうことにしました。

依頼した業者さんはこの惨状を見ても特に驚くことなく見積もりをとり、甥っ子の遺品と大量の廃棄物をきれいに片づけてくれました。おかげさまでなんとか甥っ子の部屋も無事明け渡すことができました。本当にこの業者さんのおかげです。

親切な遺品整理会社さん!可児市でも使えると知って迷わず頼みました

可児市に住んでいた夫の母が亡くなりました。義母は夫を五年前に亡くし、後は一人暮らしをされていました。とても気丈な方で知り合いも多く、特に不自由なく暮らしていたように思います。夫と私で葬儀にとりかかりました。夫は長男でしたので大忙しだったようです。そして葬儀も忙しかったのですが、その後の遺品整理も大騒ぎでした。

私も夫も地元での付き合いがあり、あまり義母の住居がある可児市の方にべったりとはいかなかったのです。しかしここでも夫が長男だということで、義母が住んでいた部屋を最後まで整理するのは夫の役目になりました。義母が亡くなり部屋は空き部屋になりました。

できるだけ速やかに片付け、部屋を明け渡さなければならなかったのです。そういう事情から言っても、夫の兄弟の中では一番可児市の近くに住んでいた夫が適任ということでもあったのです。夫は何度か義母の部屋に通っていましたが、どうも整理が思うように進まないようで困っていました。

私としてもあまり手伝えず、何かいい方法はないかと考えていて、そこで遺品整理会社の利用を思いつきました。実は私も数年前に父を亡くしていたのです。私もこの辺りの出身で、年老いた親に一番近いところにいたのです。当然私の方でも、兄妹の中で私が主にお世話をすることになりました。

それでも葬儀などの場では親族も集まり、長兄なども精力的に協力はしてくれました。しかし皆もういい歳ですし、それぞれの土地で家族も仕事も持っています。継続的な協力はどうしても難しいところはあるようです。葬式が終わると後はどうしても戻らなければならないという兄妹や親族も多いわけなのです。

そういう事情で、私の父が亡くなった時も残っていた最後の遺品整理だけはほとんど私一人でやることになっていたわけです。私の母はこのとき既に亡くなっていたので父が亡くなった時点で私の生家は空き家になりました。そこでこの時も遺品は完全に整理し、家は手放すことになったのでした。

父は生前に一度荷物を整理し、だいぶ物を減らしてくれていたのですが、それでも私一人で整理するにはあり余る状態でした。そこで困った私は、当時やはり親御さんを見送ったばかりだった知り合いがいたものですから、その方に相談をしたのです。

するとその知り合いが「親切に力になってくれる」といってある遺品整理会社さんを教えてくれたのでした。そこでわたしもさっそく利用したところ、ずいぶんと親身になっていただきました。依頼した遺品整理の方もきっちり行っていただき、私の方の遺品整理はそれでなんとか終了。この会社さんには大変感謝したものでした。

夫の今の状態を見て、まさに数年前の私と同じ状態だと気付きました。夫も以前私が遺品整理にあたってこの遺品整理会社さんを利用したことを知っています。そのことを伝えるとすぐに思い出し、夫もできれば利用したいと言いました。後は可児市という場所で使えるかどうか、という話でした。

私が当時利用した場所は可児市からは少し離れていたのです。祈るような気持ちで以前利用した会社に連絡させてもらいました。前回利用してから数年経っていましたが変わらず親切な対応を受けました。こちらが今の事情を説明したところ、可児市でも対応可能だとおっしゃるので迷わずまたこの会社を利用させてもらうことに即決しました!

以前も利用したものですから安心してお任せできます!夫とともに整理に立ち会いましたが遺族であるこちらへの気遣いと遺品への思いやりは相変わらずで、やはりとても親切な会社だと思います。二回もお世話になってしまいましたがとても満足しています。

見積り額が相場より低い!遺品整理はこの業者さんにしてよかったです

私の両親はすでに亡くなり、見送りも済んでいます。夫の両親はもっと早くに亡くなっており、私と一緒になったときには既にお義父さまは亡くなっておられました。お義母さまも娘が五歳になる頃に亡くなりました。夫婦共に両親を亡くしているので、まさか自分より上の親族を見送る機会がまたやって来るとは夢にも思っていませんでした。この度、私の父の弟、つまり私の叔父にあたる方が亡くなったらしく、私に連絡が来たのです。

叔父は昔、兄である父と大喧嘩の末、ほとんど喧嘩別れのようになっていた方です。最後にお会いしたのがいつになるか、私も覚えていないくらい昔です。少なくとも私が学生時代の頃の話でしょう。微かな記憶をたどってみると、私のことをそれなりに可愛がってくれたように思います。

どうやら親族として父のことがわかり、そこから一人娘である私のところに連絡が来たようでした。薄情なことかもしれませんが、叔父とは数十年前に会ったきりなのです。言われてみれば、というくらいの叔父のことはすっかり忘れてしまっていました。しかし昔は可愛がっていただいたように思います。夫も同意してくれましたし、私の方で最後のお世話に赴くことにしました。

どうやら叔父は生涯を独身で通したらしく、他に親族もいないようでした。そうでなかったら、長年付き合いのなかった私のほうに連絡が来ることもなかったでしょうね。残念ながら私の方も、教えられた叔父の家の中にお邪魔してみて、ここは確かに、昔お世話になったあの叔父の家だという感覚が湧いてくるということもありませんでした。

時の流れの残酷さを感じました。申し訳ないのですが葬儀については行なわないことに決めました。やはり何をどうお世話したものかまったく見当もつかず、また叔父の人間関係についてもまったく不明だったからです。私はせめてもの恩返しと、家の中を整理させていただくことにしたのです。

とはいっても、叔父の家は残念ながらまったく馴染みないものです。一応は親族の家ということになるこの家も、私にとって完全に他人様の家と変わりませんでした。生活感はまるまる残っているこの家にお邪魔していると、まるで勝手に他人様の家に上がり込んだかのような錯覚すらありました。

夫は何かもらってきたらどうかとふざけて言っていましたがとてもそんな気にはなりません。何か持っていったとしたら、もらったというより盗んだような気になります。そのような部屋ですから、整理として手をつけるだけでも気が進まず、結局私はこの叔父の家の近辺で使える遺品整理業者を使うことにしました。

夫に頼んでネットで調べてもらったのです。重ね重ね申し訳ないのですが、完全に整理を委任でき、なるべく費用を抑えられるところを探してもらいました。

そのまま夫には業者さんへの申し込みまでやってもらい、叔父の家にまで見積もりに来てもらいました。私も以前、自分の親の遺品整理でこのような業者さんを利用した事があります。夫がきちんと調べてくれただけあって、以前利用した業者さんよりも費用が安く、相場より低い費用で済んだと思います。

もちろん気をつかっていたのはそれだけでなく、サービス内容も対応も注意していましたが、相場より低い価格のわりにはきちんとしていたので特に何の問題も感じず、この会社に依頼することにしました。

おかげで費用も抑えられ、叔父の家もすっかり整理し終えることができました。親族である私の方であまりたいしたこともできず、やや申し訳ない気もしたのですが、一応叔父に最後のご奉仕ができて良かったと思っています。これもこの業者さんのおかげです。

遺品整理の仕事なら、堅実な仕事のこの会社を選べば間違いないです!

会社で仲良くしてる同僚がやけに元気がなくしおれていたんです。こちらが話しかけても反応も薄くて……。どこか心ここにあらずといったその姿に思い切って訳を尋ねてみると、なんと親御さんが倒れたのだというんです!その同僚は職場でもすごい評判がいい奴なんです。

なんといっても仲間想いで親切で、それでいて仕事もできて。俺なんていつもこの同僚に助けられてばかりで、以前も俺が具合悪いのを無理して出勤したとき、この同僚が俺の様子がおかしいのに気づいて声を掛けてくれたんです。

事情を話すと俺の分までやっといてくれるって約束してくれて、俺を早退させてくれたんです。そんときは本当にいい奴だと思いましたね。そういうことがあったもんで何かこっちが力になれることがあるならなりたいと思ってたんです。今がそのときだと思って、それで今回は俺が仕事を肩代わりして同僚を早退させました。

それから当分の間、同僚は休みました。身内に不幸があったらしいという話を聞いて、どうやら親御さんのことらしいと思いました。助からなかったんですね……。一週間ほどのち、同僚は戻ってきたんですが、ずいぶん疲れている様子でした。無理もないと思い、なるべく同僚の仕事が減るようこちらで少し仕事肩代わりしてたんです。

ところがそれからしばらくたっても同僚はずいぶん疲れていて、そして何より眠たそうなので、なんか心配になってまた声をかけると、どうやら親御さんの遺品整理も同時進行でやっていたらしく、それで寝不足なのだというんです。俺はまだまだ力になりたくて、思い切って手伝いを申し出ました。同僚は一度は遠慮したものの、やっぱり疲れてたんでしょうね。最後は受け入れてくれました!

それから何度か、同僚が遺品整理をしている家に手伝いにいきました。元は親御さんが住んでいた家で今はもう空き家になったらしいです。同僚に言われるまま、遺品整理を手伝ったものの、ハッキリ言って手伝いになってたかどうか怪しかったですね……。いくら俺がガサツな性格でも、遺品の扱いはやっぱ神経使いました。

でもそうするとあんまり作業進まなくて。同僚は何度も礼を言ってくれたんですけどね……。俺の母親にも「アンタが他人様の遺品を扱うなんて、失礼があったらどうするんだ!」と言ってくるんです。まあきっと心配だったんでしょうね。

しばらくすると母親が近所で聞いたという遺品整理会社のことを言ってきたんです。プロとして、なんか堅実な仕事で評判だっていうんで。母親は俺なんかが下手に手伝うより、この会社のことを同僚に伝えるよう言ってきたんです。俺もなんかそっちの方がいいかもと思って、次の機会に同僚に伝えると、同僚もこの案に喜んでくれました。

まあ俺が調べたわけじゃないけど、一応俺が同僚に教えた手前、俺もちゃんと付き合おうと思って、一緒にこの会社の見積もりから整理の実施まで立ち会ったんです。本当にプロってすごいですね。自分がちょっとでも遺品整理やったからわかるんですけど、物一つ扱うだけでも全然違います。

一個一個の扱いがすごい丁寧で、なんか素人がちょっと気ぃ使ってんのとはやっぱなんか違いましたね。それなのに速くて確実っていうのはやっぱり、プロってことなんでしょうね。同僚も同じくびっくりしてました。俺と同僚の二人だけでやる時には終わりが見えなかったですが、この会社のおかげで一気に片付いちゃいました……。

同僚からも改めて礼を言われたんです!ま、俺あんまり何もしてないですけどね(笑) でも少しでも役に立てて嬉しいですよ!こういうので困ってる人、この会社さんに任せれば間違いはないと思いますね。

関市からでも簡単に利用できるありがたい遺品整理会社でした!

遺品というものは故人の持ち物であったということで、特別に価値ある物でなかったとしても扱いには気を使いますね。それに加えて残された荷物の量から言っても、それをすべて片付けるのはほとんど引っ越しと同じくらいの労力が必要になることも少なくありません。遺品整理と口では言ってもそう簡単に事は運ばないようです。

遺品を整理したいのだが、なかなか進まずに苦労している人もいるようです。私も少し前、遺品整理が進まないという相談を友人からされたのです。話を聞くとやはり遺品特有の苦労があるようです。友人に頼まれて、私も少し遺品整理をお手伝いすることになり、今は誰も住んでいないという整理途中の故人宅へとお邪魔したのです。

なかなか進まないとはいえ、何度かは友人が整理をしてきたというだけはあり、友人の話を聞いて想像していた状態よりはずっと片付いていたのです。私が別の知人から聞いた話では、まるでゴミ屋敷のようになっている故人宅もあるのだとか。この友人の故人宅はけっしてそのようなことはありませんでした。

しかしまだこの家に誰かが住んでいると言われたら何の疑問も持たない程度には物が残っていましたし、誰かが新しく住むことになればそれほどたくさんの物は必要ない状態ではありました。友人の話によると形見とも言えるようなものは既に親族間で相続が済んでいて、残っているのは物的価値が比較的低い故人の日用品が中心だそうです。物自体には価値がそれほどないとはいえ、故人が使っていた持ち物ですから、できればきちんと整理したいのだと友人はいいます。

しかし人間一人が生活していただけの持ち物です。私がざっと見ただけでもまだけっこうな量がありそうです。箪笥や引き出しの中に入っているものまで含めればまだ増えるでしょう。いくら私が手伝っても、これをすべて片付けるのはかなり時間がかかるだろうと思えました。実際のところ、この友人は既にだいぶ疲れているようでした。

私がずっと考えていたのは、以前利用した遺品整理会社のことでした。私ももう親を亡くしており、そのときの遺品整理はこの会社にお願いしていたのです。仕事ぶりも真面目で手続きも簡単で満足したのを覚えていました。そこで友人にこの会社のことを話すと、遺品整理会社というもの自体を知らなかったらしく、大変興味を持ちました。友人も乗り気だったので、今回もこの会社を利用してみることにしました。

唯一私が気になっていたのはその故人宅があったのは関市だったということです。以前私が遺品整理を依頼した私の実家は関市から少し離れています。けっこうこの手のサービスは対応地域が決まっており、その範囲を外れると対応してもらえないことが多いですから。とりあえずこの会社に問い合わせてみると関市も対応可能だといいます。

私もホッとし、友人も喜んでくれました。後は何の心配もありませんでした。手続きも特に問題もなく、私のときと同じように簡単に利用することができたのです。会社の人達はさすがプロだと思いましたね。きちんと気を使いながらもあっという間に遺品が片付けられていきました。

気の毒にも、けっこう長い間一人でコツコツと遺品整理を続けていたらしい友人も一気に遺品整理が進んだことにびっくりしていました。そしてようやく肩の荷が下りたといえる友人は、この会社に大変満足していましたよ。教えた私としても嬉しく思います。そして再びその仕事ぶりを間近で見させてもらって、私も改めてありがたい会社だなと思いました。

大垣市内の遺品整理なら、誠意があるこの会社の仕事が一番です!

私は大垣市内に住んでいます。少し離れてはいますが、同じ市内には独身の叔父も住んでいました。それなりに付き合いもあったので本当にびっくりしたんです。なんとこのたび、叔父が急逝したんです……。

叔父はまだ50代の半ばでした。叔父は本当に明るい人で、食べることと飲むことが大好きな人でした。市内にあるいろんなお店に顔を出してはその店のご主人や常連さんと仲良くなり、皆さんでワイワイと食事を楽しんでいたみたいです。叔父はちょっと抜けているところもあったけど、裏表のないその明るい性格に多くの方から愛されていました。生涯独身でこの世を去ってしまいましたけど、本当に孤独とは無縁の人でした。

叔父が急逝した原因は脳梗塞だったそうです。叔父はとにかく食べることや飲むことが好きで、私が思い出す叔父の姿はいつも嬉しそうに何かを頬張っている姿でした。当然体型は完全な肥満体で歯医者にもよく通っていた記憶があります。

周りから愛されてはいてもあまり健康的な生活とはいいがたかったですから、その最期はらしいといえばらしいのかもしれません。葬儀には叔父の訃報を聞き付けた多くの方が足を運んでくださいました。

父も母も知らない多くの友人や知人の数々に、私は改めて叔父の顔の広さを思い知りました。私も叔父のことが自然と思い出され、惜しい人を亡くしたと今さらながら痛感し、涙がにじんできたものです。もっと食事に気を使うよう叔父に言えばよかったと思いました。

叔父は独身だったので、身辺の最後の後片付けは弟である父がやることになりました。母も私も手伝いで叔父が暮らしていたアパートへ向かいました。実際にアパートの部屋に入るまで忘れていましたが、叔父はあまり細かいことを気にしない性格です。その叔父が一人で暮らしていた部屋なのですから、それはもう大変な散らかり様でした(笑) 

これを今から私たちが片付けるのかと思わず唾を飲み込みつつも、同時にいかにも叔父らしさが残る部屋になんだか改めて涙が出そうになってしまいました。父も同じ思いだったのか苦笑いしていましたが母はもう絶句していました(笑) いざ片づけを始めると、その散らかり様ももちろんあるのですが、それに加えて家具や家電などもあります。

後片付けを気安く引き受けたはいいけど、これはけっこう大変な重労働ではないかとここでようやく気付いたんです。半日近くは私たちで頑張りましたが思いのほか片付きませんでした。そこで母がご近所で聞いたという遺品整理会社を利用しようと言い出しました。

以前ご近所でお婆さんがなくなったとき、そのご遺族の方が利用して大変誠意ある対応を受けたと聞いたらしいのです。ちょっとヨソにお見せするのははしたないお部屋でしたが、そういう会社ならこの散らかった部屋でもきちんと片づけてくれるのではと母が言いました。

そこでものは試しととりあえず頼んでみることにしました。会社の人は私たちが遺族であるとして大変誠意をもって対応してくれました。こちらもひどく落ち込んでいてどうしようもないというほどではなかったのですが、そういう対応を取っていただき悪い気はしません。

実際に整理を依頼することになったのですが、キビキビと動きつつも、遺品を雑に扱うこともしませんでした。そういった誠意ある対応に、これだけ散らかった部屋の整理をお願いしたこちらの方が恐縮したくらいでした。この会社のおかげで整理も済んで、叔父が借りていたアパートも明け渡すことができました。本当にこの会社を利用してよかったと思っています。

遺品整理の注意点をちゃんと心得てる会社で、安心して利用できました

私には親友とも言える思い出深い友人がいました。早くにご両親を亡くされた友人には他に頼れる親戚もおらず、学生時代は施設で育っていました。私とは中学で知り合い仲良くなりました。たまにうちに招いて食事を共にしたこともあります。

とても気があったので高校でも同じく仲良くし、大学で離れ離れになりましたがそれでも連絡を取り合い、年に何度かは会っていました。この友人とは不思議な縁で、大学卒業後はまったく異なる道を歩みつつも、仕事の都合で二人とも大阪に赴任したのです。また距離が近くなり、これでまた気軽に会えるなと二人で笑い合ったのを覚えています。

社会人として未熟な時代をこの友人とともに過ごせたことは本当に大きな励みになり、今では忘れられないよい思い出となっています。しばらくすると、友人の方は余所に異動になり大阪を離れましたが、私はそれ以降もずっと大阪で働いていました。

お互いに社会人として忙しくなり、特にここ数年は年賀状のやり取りくらいで、他の連絡は途切れがちになっていました。そんなとき、久しぶりにこの友人から連絡をもらいました。その内容は驚くべきことに、友人は病気で、余命あとわずかだという内容でした。私はすぐに仕事に都合をつけ、大阪から友人のもとに飛びました。

なんとか友人には会えたものの、私の知る友人の元気な姿とはかけ離れたその姿に思わず絶句しました。数年前から発病し、闘病しつつ働いていたそうです。それが近頃悪化し、いよいよ死期を悟るまでになり、それで私に連絡をしてきてくれたようでした。友人は「お前しか頼る人が思いつかなかった」と申し訳なさそうに言いましたが、私は友人にそう言ってもらえたことがとても嬉しく思えました。

思わぬ再会からまもなく、友人は病状が急激に悪化し、そして亡くなってしまいました。せっかく再会を果たしたというのに、落ち着いて話をする間もなく逝ってしまいました。当時はまったく実感が持てなかったほどです。言葉を交わしたわずかな機会に友人から亡くなった後の世話をお願いされていました。

友人からの最期の頼みです。もちろん快諾しました。葬式については本人の強い希望で行なわなくてよく、主に遺品の整理をやることになっていました。友人からは部屋のカギを預かっており、教えられたアパートに向かいました。いくつかの品物には処分方法に希望がありましたが、それ以外はすべて私に一任するとのことでした。

指定の品物はすぐに見つかり、後は日用品などの荷物です。ある程度の荷物は整理されていましたが、それでも私一人ですぐに片付けられる量ではありませんでした。時間も限られていましたから、特に処分方法に希望のなかった残りの荷物については遺品整理の会社を利用することにしました。ネットでこの近辺に対応してくれる会社を調べ、見積もりを頼むことにしたのです。

やって来た会社の方は大変礼儀正しく対応してくださり、遺品の一つ一つにきちんと敬意を持って対応することを約束してくれました。確かに友人のこの遺品を必要とする人は誰もいません。しかし亡くなった友人の持ち物を、まるでゴミのように扱われるのは私としても納得いかないところでした。

その点、この会社はそのあたりの礼儀をきちんと心得てくれているようで、安心して利用することができました。きっと友人もこの会社の対応に満足してくれていると思います。この会社の力を借りて、友人の遺品整理はつつがなく終了しました。おかげでこちらも友人から任された最期の頼みを果たすことができました。この会社には本当に感謝しています。

遺品整理で出た大量のゴミは全部この会社が片付けてくれて感激です!

この度、祖父が亡くなりました。90歳の大往生でした。10代の半ばからずっと漁師一本で生計を立ててきた祖父です。孫の私から見ても、とても高齢には見えない人でした。体はがっしりとしていて真っ黒に日焼けした肌をして、お酒を飲んでは上機嫌になっていた姿はとても若々しかったです。

祖母の方が先に亡くなったのですが、器用に身の回りのことは一通りできるようになり、自分で好きな酒の肴を作っていた姿は本当にたくましかったですね。他にも姿勢はいいし、シャキシャキ動くし、とても亡くなるようには思えませんでした。

そんな祖父が、ある日、日が高くなっても姿が見えないことを不思議に思った近所の人が祖父を訪ねてくれ、布団の中で眠るように息を引き取っていた祖父を発見してくれたのだそうです。祖父が亡くなったと聞いて、ようやく祖父もそういう歳だったのだと気付きました。いつまでも元気でいてくれるような気がしていたんですね。

祖父は小さな海辺の町に住んでいました。生まれも育ちもその町らしいです。母の故郷でもあるその町で、葬儀はささやかに行ないました。朗らかな人柄で人望のあった祖父の葬儀には、ご近所の方も多数参列くださいました。前回の祖母のときの葬儀は祖父が主に取り仕切ってくれたのですが、今回は母と手伝いに行った父の二人です。

一応故郷になる母もこの町を離れて長く、葬儀を取り仕切るのも楽ではなかったようです。葬儀もなんとか無事に済み、残りは身内でやる遺品整理でした。祖父の亡くなった状況からも分かる通り、祖父はいたって健康で自然な老衰で亡くなりました。当然身辺整理などしているはずもありません。

祖父は亡くなる前日だって、明日も普通に一日を送るつもりで生活していたはずです。祖父の家の中は今でもすぐ暮らせるほど生活感にあふれていました。それだけものも多かったです。

今でも時間になれば祖父が普通に戻ってきそうなくらいそのままの部屋を片付けるというのもとてもヘンな感覚でした。しかし防犯上も、住む者のいなくなった家をそのままにはしておけません。父も母も仕事もあり、ずっとこちらにもいられないので急いで整理を始めました。

整理自体はなんとかついたものの、とにかくその物の多さには困りました。残しておくものはなんとか父の車に乗る程度に選別出来たものの、問題は後の不用物です。そちらの方はこちらで回収しきれないほどありました。しかも祖父は昔の人らしく、壊れたものや何かの一部といったものを拾ってきて自分で直したり、そういうときのための材料として置いておいたりする習慣があったんです。

一体何なのかわからないものや明らかに壊れている物は、私達にとっては申し訳ないけどゴミでしかありませんでした。持って帰るわけにもいかずなんとかこちらで処分したいと思い悩んでいると、祖父と仲が良く、母も小さい頃よくお世話になったというお隣さんが声をかけてきてくれました。事情を説明すると、この遺品整理会社を教えてくれたんです。

話を聞いてさっそく連絡してみると、会社の人は素早く対応してくれました。初めて利用する私たちにもわかりやすく説明をしてくれ、そして正式に依頼すると、本当にびっくりするくらい、残されていた不用物やゴミを全部回収していってくれたんです。祖父の遺品と言っていいのかもわからないあれやこれやに困っていた父も母もこれには感激!

これならもっと早く頼めばよかったねなんて笑いあいました。おかげでなんとか祖父の家の片付けも目途が立ちました。本当にありがとうございました。

多治見市で頼める一番良心的な価格の遺品整理会社さんです!

この度、多治見市で良心的な価格で遺品整理を引き受けてくれるこの会社さんに助けられました。というのも、私はとにかく経済的に厳しい立場にいるのです。私は小さいながらもなんとか自営業を行なっています。

経営は常に苦しいのですが、なんとか無借金経営を続けさせてもらっているのです。そこには創業当時からこだわっており、とにかく社長である私が何らかの形で借金をしてしまった時点で、自営業というものが自分の身の丈を超えたと判断し、事業を畳もうと決めているのです。これまでいろいろな決断をくだしてきましたが、堅実な経営のためのポリシーとして、この点だけは絶対に守ってきたのです。

そのような方針を掲げると一番の試練が突発的な出来事です。業務上のトラブルは日常茶飯事で毎日が戦いですが、急に訪れるのは業務上のトラブルばかりではありません。今回は冠婚葬祭でした。私も年老いた両親のことはたびたび気にかけていたのですが、不幸があったのは両親ではなく、なんと私の弟だったのです。

弟は事故に遭い、帰らぬ人になってしまいました。私自身ももちろんショックでしたが、何より年老いた両親の悲しみようといったら正視に耐えられないほどでしたね……。自営業の毎日でサラリーマンより多様な経験をしていると思っていたのですが、自分の周囲にいる年下の者が先に逝くというのはさすがに初めての経験で、予想だにしていませんでした。

本当に、人生とは何があるかわからないものだと実感しましたね。弟の葬儀は私が主に手続きを請け負いました。年老いた両親は弟が亡くなったショックでそれどころではなさそうでした。子供は私と弟の二人だけ。

末っ子になる弟を両親はことさら可愛がっていましたから、その分ショックも大きかったようです。私としてもこれ以上の負担を両親に背負わせる気は毛頭なかったのです。弟は明るく付き合いも広い奴だったので、葬儀には多くの方が訪れ、別れを惜しんでくれました。

葬儀も無事終わり、後は弟の遺品整理が残りました。多治見市にあった弟のアパートに入ると、まだ実家で一緒に暮らしていた頃の弟の部屋の雰囲気そのままでした。今にもドアを開けて帰ってきそうな部屋の雰囲気に、さすがにくるものがありました。仕事の方もあるので手早くやろうと思って行ったのですが、故人の遺品整理は単なる作業とは違うということを初めて知りました。

その辺に置いてある物一つとっても弟のことを思い出し、手が止まってしまうのです。一日を遺品整理に費やしたのですが、予定の半分も作業は進みませんでした。賃貸アパートですから速やかに部屋も明け渡さないといけません。そちらの意味でもあまり時間はありませんでした。もう方針を変えざるを得ず、大事なものだけをこちらで整理し、あとは遺品整理会社に依頼することにしました。予想外の出費でしたがやむを得ません。

そこで、多治見市に対応している遺品整理会社の中で、一番良心的な価格で対応してくれるというこの会社さんを選ぶことにしました。もちろん事情が事情でしたからあまりケチくさいことを言うつもりはありませんでしたが、抑えられる出費は抑えた方がいいというのが私の経験則です。見積もりをとってもらった結果、評判通りの良心価格でした。

それでいて、こちらの話もきちんと聞いてくれ、出来る限りこちらの要望に沿うように仕事をしてくれたんです。おかげで、出費を最低限に抑えつつ、なんとか遺品整理を終えることができました。本当にこの会社さんに助けられましたね。おかげで借金をしないというこちらの方針も守ることができました。ありがたい会社さんです。

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